なぜ?大橋悠依と平井コーチの関係が悪かった理由や決別危機を乗り越えた方法について

東京2020オリンピックで大橋悠依選手が見事【競泳女子200メートル個人メドレー】で金メダルを獲得しました!

大橋悠依選手はなんと金メダル2つ獲得という偉業を達成しています!

このメダル獲得までに「たくさんの人に迷惑かけた」と大橋選手はコメントしていますが、中でも平井コーチとは何度も衝突があったそうです。

決別寸前まで関係が悪くなった時もあったそうですが、見事に二人三脚でここまで来れたのですね。

なぜそこまで衝突することがあったのでしょうか?

金メダルをとった今だからこそ明らかになることも多そうです。

また、関係が悪くなった時に、どうやって修復したのかを知りたい方は参考になりそうです。

目次

大橋悠依選手と平井コーチの関係悪化の理由

「たくさんの人に迷惑、心配をかけた。やっぱり一番は、平井先生かな」と大橋選手はコメントしていますが、

この理由は二人が乗り越えてきた関係性にあるようです。

学生時代からコーチには反抗ばかりしていたそうです。

理想に追いつけない自分の実力がもどかしくて、厳しく指導する平井コーチに「私はそんなのできない」と言っていたようですね。

2020年冬平井コーチとの関係がうまくいかず衝突した大橋選手は、「地元に帰る」と言い平井チームを離れたようです。そして「それがいいだろう」と言われると寂しくなったんだとか。

自分に自信がなくて反抗的な態度をしていたことが理由のようですね。

自分より良い選手がいると「しゃべらなくなる」という性格のようです。

どうやら、何か大きな出来事があったというよりは、積み重なったものが大きかったようです。

性格やメンタルとなると、難しいですよね。

では二人はどうやってその困難を乗り越えたのでしょうか?

大橋悠依選手と平井コーチの関係修復方法

2020年冬に一度決別した大橋悠依選手と平井コーチでしたが、平井コーチは一度突き放したようです。

実家に戻ると言い出した大橋選手を引きとめずに、彼女のしたいようにさせたことで、大橋選手が自分で戻ることを選択するようにしたようです。

また、平井コーチは大橋選手に対し、普段からポジティブで明るい声がけを心がけていたようです。

技術面のみならず選手のマインドを前向きにさせることも大事ですね。

大橋悠依選手と平井コーチはいつから一緒に歩んでる?

高校生の頃から目をかけてもらっていたようです。

大橋選手が高校卒業後に平井コーチの教える東洋大学でコーチをしてもらっているようです。

大橋悠依選手と平井コーチのプロフィール

大橋悠依選手のプロフィール

出身:滋賀県
生年月日:1995年10月18日(2021年時点25歳)

幼稚園時代から水泳を始め、高校卒業と同時に上京し東洋大学へ進学。
平井コーチとの選手生活がスタート。

平井コーチのプロフィール

名前:平井伯昌(ひらい・のりまさ)
生年月日:1963年(昭38)5月31日
出身地:東京・駒込

早稲田大学在学中に選手からマネジャーに転向。

96年〜北島康介を指導
結果:04年アテネ、08年北京で五輪2大会連続2冠

16年リオデジャネイロ五輪で萩野公介を指導
結果:金メダルに。

その他にも、中村礼子、寺川綾、星奈津美ら多くのメダリストを輩出している有名なコーチです。

これだけの経歴を見ていると、平井コーチの凄さが目立ちますね!

実際に競技についての指導だけでなく、メンタルの指導もあってこその二人三脚なんだろうなと気づかされます。

視聴者の声

https://twitter.com/korogarusita/status/1420606197544087556
https://twitter.com/ktuktu6/status/1420567537549414403
https://twitter.com/ikikatajozu/status/1420531391373012996
https://twitter.com/macro_phage1983/status/1420508820942454784

まとめ

金メダリストの大橋選手と平井コーチの関係についてまとめてみました。

関係悪化と言われるのは、理想通り泳げなかった大橋選手が平井コーチのチームから離れたことが原因のようです。

それでも平井コーチは戻ってきた大橋選手を受け入れ、指導を再開したようです。

選手の落ち込む時期も受け入れ、それを乗り越えてこそ一流のコーチなのですね。

そこで彼女の好きなようにさせた平井コーチと、自分で戻ることを決めた大橋選手がもう一度結託し、目指したオリンピックだったので喜びも大きかったでしょうね。

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